北欧諸国では、いわゆる「DIY」をさらりとこなす人に多く出会います。住まいを自分好みの快適な場所にするために、自ら手を加えていくことが文化として根付いているのです。
壁紙を張り替えたり、カーテンやタペストリーを手作りしたり、クッションカバーに刺繡をしたりといったことを気負いなくやってしまう人がたくさんいますし、建物をリフォームしたり、庭にくつろぐためのスペースや畑をつくったり、家具の修理などを自分でやってしまう人も少なくありません。
こうした手仕事は、世界中の多くの地域において、ずっと昔から家庭内に存在していたものです。産業化が進み、多くのモノが工場で大量生産されるようになる以前は、人々は日常生活に必要な道具を自らの手で作っていました。スウェーデンでは、それらは「ヘムスロイド」と呼ばれています。ヘム(hem)は家庭、スロイド(slöjd)は手仕事によるものづくりを意味しています。現在もなお、ヘムスロイドは家庭における家事の一部として、あるいは生活に潤いをもたらす趣味として、多くの人々に親しまれているのです。
ヘムスロイドの基本は、日常生活に必要な道具を自分たちでつくることにありますが、かつては家庭で製作されたものが販売されることも一般的でした。20世紀初頭まで、ヘムスロイドは農家の貴重な収入源でもあったのです。
たとえば、木彫りの馬の置物「ダーラナホース」(dalahäst)の産地であるスウェーデンのダーラナ地方は、古くから農家の副業としてヘムスロイドが盛んだったことでも知られています。生産されたものは、行商人がスウェーデンやノルウェーの農村地域を渡り歩いて販売していました。バスケットや樽などの木工品、革製品、金属加工など、村ごとに得意とするものが異なり、それぞれに技術が磨かれていました。テキスタイルは地域ごとに伝統的な意匠があり、各地の民俗衣装などにそれが反映されていたりします。
19世紀後半には、安価な工業製品が流通するなかでヘムスロイドは徐々に衰退していきましたが、各地の技術やデザインを改善し、産業として育てていこうという動きも生まれます。その背景には、農家の貴重な収入源を守りたいという切実な事情や、ヘムスロイドの優れた意匠を工業製品と組み合わせることで国際市場での競争力を向上させようという意図もありました。でも、人々がヘムスロイドを守りたいと考えた理由はそれだけではありません。
たとえば、農閑期に家庭内でおこなわれるヘムスロイドは農民の勤勉さの象徴であり、家族の絆を強くするものだと考えられていました。また、美しいデザインのテキスタイルを市場に普及させることによって、主な作り手であった女性たちの経済的自立を支援しようという動きもありました。
さらに、工業化が人々の意識や生活にもたらす影響を懸念する人々もいました。生活に必要な道具がどんな工夫のもとで製作されているか、どんな材料や道具が役に立つのかを知ることは、生活を営むうえでとても重要です。農村で長らく受け継がれてきたその貴重な知識を維持していくことの重要性が、工業化が進むなかで強く意識されるようになっていったのです。
世界中で人気を博している北欧デザインのルーツの一つには、こうした手仕事の文化があります。自らものをデザインし、それを自分自身の手で作りあげること。そこには、自分たちの生活を自分たちで支えるという理念が込められているのです。〔O〕
参考文献
太田美幸『スウェーデン・デザインと福祉国家―住まいと人づくりの文化史』新評論、2018年。
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