北欧諸国は、コーヒーの消費量が世界でもっとも多い国々です。消費量が多いのは、一日に何度もコーヒーを飲む習慣があるからだと言われています。
フィンランド語の「カハヴィタウコ」(kahvitauko)、スウェーデン語の「フィーカ」(fika)は、どちらもコーヒー休憩を意味する言葉です。仕事や勉強の手を休めて、コーヒーを飲みながらリラックスする時間は、日常生活に欠かせない大切なひとときです。
こうした習慣は昔からありましたが、多くの人に広まったのは1930年代から1940年代にかけてのことでした。スウェーデンでの流行が、フィンランドにも伝わったと考えられています。
この時代、親しい友人を自宅に招いてコーヒーと焼き菓子をふるまうことが、女性たちの間に広まりました。その背景には、女性たちが一緒にコーヒーを飲みながら縫いものや編みものなどをする「syjunta」(スィーユンタ)という活動の定着がありましたが、そのほかにもいくつかの要因が指摘されています。
まず、この時期に小麦粉と砂糖の生産量が増え、安価に入手できるようになったことです。鉄製のストーブもこの時期に普及し、家庭でパンや焼き菓子を焼くことが一般的になりました。そして、自分で焼いた菓子パンや焼き菓子をコーヒーに添えて友人をもてなすことが流行したのです。1945年に出された『七種類の焼き菓子(Sju sorters kakor)』というレシピ本は、ベストセラーになりました(現在も広く読まれています)。
また、産業が発展して多くの人の生活水準が向上しはじめたのもこの時期でした。余裕のある住まいを手に入れた人たちは、インテリアを快適に整え、人を招くようになったのです。
こうした集まりは、女性たちが男性に気兼ねすることなく、家事や育児に追われる日常からも少し離れてリラックスできる時間でした。似た境遇の女性たちが楽しい会話で盛り上がったり、悩みごとを話したりできる貴重な場だったのです。
多くの女性たちは、簡素なお菓子で気楽にコーヒーとおしゃべりを楽しみましたが、裕福な家庭の女性たちが集まる場合は、そう気楽にはいかなかったようです。刺繍のほどこされたテーブルクロス、花瓶に活けた花、美しい模様のコーヒーカップ、さまざまな種類の手づくりの焼き菓子は、女性たちの教養の高さを示すものとみなされ、会話やふるまい方、誰をどんなふうに招待するかといったことにも、厳格なルールがつくられ定着していきました。
こうした集まりは「カッフェレープ」(kafferep)と呼ばれます。厳格なルールが時に面倒を引き起こすこともありましたが、当時の女性たちにとってカッフェレープは気兼ねなく自分を表現できる場であり、社交能力を示す場、人脈をつくる場でもありました。家庭の外の社会で、女性が個人としてふるまい、能力を発揮できる数少ない機会だったのかもしれません。
カッフェレープは、現代のフィーカの原型であると言われています。20世紀後半には、多くの女性が家庭の外で職業をもつようになり、家でお菓子を焼いて人を招くことは減りました。他方で、お店でパンや焼き菓子を買い、職場やカフェでコーヒーを飲みながら会話を楽しむことが日常的におこなわれるようになっていったのです。
こうしたフィーカの習慣には、職場におけるコミュニケーションを円滑にし、問題解決の手法や新しいアイデアを生み出す効用があると言われています。美味しいコーヒーとお菓子には、人のつながりを生み出し、仕事を楽しいものにしてくれる力があるということなのでしょう。〔O〕
参考文献
Torell, Ulrika. Socker och söta saker. Stockholm: Nordiska museets förlag, 2015.
Arklind, Josefin. ”Kaffi-Fika”: En vardagsföreteelse med kulturarvsstaus? Stockholms universitet, 2016.
太田美幸『スヴェンスカ・ヘムの女性たち―スウェーデン「専業主婦の時代」の始まりと終わり』新評論、2023年。
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